サッカーアジア地区最終予選 AFC U-23選手権の試合で、ハーフタイムに流れた衝撃のスペシャルCMを目にしたでしょうか?

鋭い眼光と思慮深い表情、人の心に一瞬で届き奮い立たせる強力な原動力となる珠玉の言葉を放つその人は、イビチャ・オシムさんです。

サッカー元日本代表監督を務め、多くの教えを日本人に残しています。今回、オシムさんの出演するMicrosoftsurfacepro4の180秒スペシャルCMの紹介とともに、経歴などついて調べてみました。

それではチェックしていきましょう!

目次(この記事であなたにお伝えしたいこと)

  1. イビチャ・オシムの経歴(プロフィール):P1
  2. オシム出演CMはフィクションの中のドキュメンタリー:P2
  3. オシム出演CMの概要:P2
  4. オシムへの詳しい取材内容はNumberでチェック!:P2
  5. おわりに(まとめ):P2

イビチャ・オシムの経歴(プロフィール)

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出典:Number

Ивица Осим(イビチャ・オシム Ivica Osim)
本名  Иван Осим(イヴァン・オシム)
愛称 シュワーボ
生年月日 昭和16年5月6日生まれ
血液型 ?型
身長 191㎝
体重 90kg
旧ユーゴスラビア サラエヴォ出身(現ボスニア・ヘルツェゴビナ サラエヴォ)
サラエヴォ大学理数学部数学科中退
趣味 料理、相撲観戦、カードゲーム
父、母、妹
妻、2男、1女

セルビア・クロアチア語、ドイツ語、フランス語、英語を操るマルチリンガルです。

学生時代は、運動、勉強ともに優秀で、担当教授からは数学者への道を勧められたということですが、手っ取り早く稼ぐために数学教師になることを考えます。

大学3年でサッカー選手としての給料が父の3倍になっていたそうで、数学かサッカーかと悩んだそうです。

23歳でサッカーのユーゴスラビア代表へ選出され、東京オリンピックへ向けた契約を交わし、大学を中退しプロ選手となります。

サッカー旧ユーゴスラビア代表最後の監督を務めています。

1959年から1978年までサッカー選手として活躍します。ポジションはフォワードで、 現役12年間で85得点を記録し、イエローカードは1枚も受けたことがないということです。

1970年から移籍したフランスの各クラブではエースストライカーとして10番を背負っていたということです。

1964年、東京オリンピックで初来日します。サイクリング中、おばあちゃんに梨をもらい、優しさに触れたことがきっかけで親日家となります。

2003年、ジェフユナイテッド市原・千葉の監督に就任します。

2005年、ジェフユナイテッド市原・千葉を率いて、Jリーグヤマザキナビスコアップで 優勝します。

2006年、日本代表監督に就任します。

2007年、千葉県内の自宅で脳梗塞で倒れて入院。危篤状態から一命を取り留めます。 容態は回復にあったものの、続投は難しく日本代表監督を辞任し、後任に岡田武史さんが 就任します。

2008年、日本サッカー協会アドバイザーに就任します。

2009年、オーストリアに帰国します。

世界各国での指導実績を持つ名将です。

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