技術力高い日本の工場で作った、メイドインジャパンの高品質商品を国内外へ向けて発信しているのが、ライフスタイルアクセント株式会社代表取締役の山田敏夫さんです。

4月7日(木)に放送する『カンブリア宮殿』に出演しますので、山田さんが作ったブランド『ファクトリエ』のことや、夢、経歴などについて調べてみました。
それではチェックしていきましょう!

目次(今回あなたにお伝えすること)

  1. 山田敏夫の経歴(プロフィール):P1
  2. なぜファクトリエを作ったのか、きっかけは?:P1
  3. ファクトリエのビジネスの仕組みは?:P2
  4. 広告宣伝費ゼロで売れる訳とは?:P3
  5. 山田敏夫の夢は?:P3
  6. 番組概要:P3
  7. おわりに(まとめ):P3
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山田敏夫の経歴(プロフィール)

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出典:ファクトリエオフィシャルサイト

山田 敏夫(やまだ としお)
昭和57年10月20日生まれ
熊本県熊本市出身
中央大学商学部卒業
ライフスタイルアクセント株式会社代表取締役社長
ファクトリエ代表

熊本の創業約100年にもなる老舗婦人服店で生れ育ちます。1階が店舗、2階が住居だったということで、幼いころから洋服に親しんで育ったようです。

2人兄弟で、お兄さんは教師を目指していたということで、自分が店を継ぐことになると思っていたことから、大学では商学部へ進んでいます。また、中央大学を選んだ理由として、フランスとの交換留学制度があったからだということです。

山田さんは自分を不器用だと言います。
中学の頃は塾に入るのを断られるくらい成績が良くなかったようです。しかし、コツコツと勉強を続け、進学校である県立熊本高等学校へ入学をします。

運動も苦手であったようですが、陸上で長距離をやっていて、これも地道な練習を継続し、大会で成績を残すほどに成長したということです。

中学ではカナダに留学し、世界との距離を身近に感じて大いに刺激を受けたということです。

中央大学在学中に、交換留学制度を利用して、フランスのポール・セザンヌ大学へ留学し、帰国後に大学を卒業します。

卒業後はバックパッカーとして、半年かけてアジアからヨーロッパへかけて30ヶ国を回ったということです。

就活では大手数社から内定が出ていたものの、自分を成長させたいと、まったく分野が違うソフトバンクグループのソフトバンクヒューマンキャピタルへ入社します。3年目でマネージャー、4年目には営業部長を任されます。

ここで培ったものをもってアパレルに戻ろうと、東京ガールズコレクションのファッションアイテム販売を手掛ける大手通販会社の株式会社ファッションウォーカー(現株式会社ファッション・コ・ラボ 2011年買収)に入社します。前の会社では部長職だったものの、ここでのスタートは倉庫のアルバイトだったようです。

倉庫へ会社役員が来た時に直接話をして本社の事業開発部へ移動することができたそうです。ここでも行動力が凄いですね。

2年間で多くのプロジェクトを手掛け、2012年に独立し、ライフスタイルアクセント株式会社を設立します。

最初の提携工場は地元熊本県の人吉にあるシャツファクトリー『HITOYOSHI』だということです。Yシャツを最小ロットの400枚作ったそうですが、企業でYシャツの着こなしを無料で教える代わりに売らせてもらうなどの営業活動をしてようやく売り切ったということです。

6畳一間の部屋に在庫を保管していたため、ほとんど売れていない時は、寝るときに床に横になることが出来ず、段ボールの隙間に挟まって眠ったこともあるようです。

現在でも自分の足で工場を回って提携先を探している山田さんは、1カ月の内、半分を工場探しに費やしているようです。

提携工場と学生たちを引き合わせるイベントも開催しており、従業員不足という悩みを抱える産業の下支えとなっているようです。

 

なぜファクトリエを作ったのか、きっかけは?

フランスのポール・セザンヌ大学へ留学するも、到着した日に現金を盗まれてしまい、アルバイトをしなければならなくなったということです。

20程度のブランドショップに働かせてほしい旨の手紙を出したところ、唯一返信があったのがグッチだそうです。

パリ・ロワイヤル店に勤めることになり、最初は倉庫での在庫整理、それから免税担当としてレジ横に立っているだけ、最終的にはバッグ販売を任されたそうです。

グッチでは商売っ気が無い販売の態度に違和感を覚えたものの、これがものづくりに対する誇りや自信に裏打ちされているということを知ることになります。

グッチの販売員は社員で、定期的に商品を作っている工房へ行き、作業工程をしっかりと自分で見て勉強してくるんだそうです。そうすることで、丁寧に時間をかけて職人の手によって作られる商品の価値を知っているため、販売する際も、この商品の価値がわかる人に買ってもらえればいいという考え方をもっており、客に対して下に出るような態度はしないんだそうです。

ある日、山田さんはグッチの女性社員に「日本て本当のブランドが無いよね。」と言われたそうです。「本当のブランド」というのは、デザインなどから生まれるものではなく、工場や工房など、職人のものづくりからしか生まれないというヨーロッパでの考え方がベースにあっての女性社員の発言であったようですが、若かった山田さんは、売り言葉に買い言葉で、「日本でグッチのような世界的なブランドを作る。」と言ったことが、メイドインジャパンの高品質商品にこだわるファクトリエを起ち上げる最初のきっかけだということです。

2011年、株式会社ファッションウォーカーで本社勤務をしていた山田さんですが、アパレル大手のワールドの子会社である株式会社ファッション・コ・ラボに買収されることが決まります。また、そんなタイミングでグッチ時代の同僚から「あれから9年たったけどブランドはできたのか?」という連絡がきたこともあり、独立し、メイドインジャパンのブランド、ファクトリエの創業に踏み出したそうです。

ファクトリエのビジネスの仕組みは次のページで