ベトナムで長きにわたり無償で多くの人々の治療を行い、「リアル赤ひげ先生」と呼ばれるのが、フリーランスの眼科医である、服部匡志さんです。

5月19日(木)に放送する『カンブリア宮殿』に出演しますので、服部さんの経歴やプロフィール、家族や年収、ベトナムで医療をすることになったきっかけなどについて調べてみました。

それではチェックしていきましょう!

目次(この記事であなたにお伝えしたいこと)

  1. 服部匡志の経歴(プロフィール):P1
  2. 服部匡志のベトナムでの無償医療とは?:P1
  3. 服部匡志の家族は?:P2
  4. 番組概要:P2
  5. おわりに(まとめ):P2
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服部匡志の経歴(プロフィール)

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出典:アジア失明予防の会

服部 匡志(はっとり ただし)
愛称 はっちゃん
生年月日 昭和39年?月?日
年齢 52-53歳
出身 大阪府交野市
学歴 京都府立医科大学医学部卒業
ベトナム国立眼科研究所網膜硝子体手術指導医
ベトナム国立眼科研究所客員教授
京都府立医科大学特任教授

大阪府立四条畷高校2年生の時に、お父さんを胃がんで亡くしたことがきっかけとなり、医師をめざすこと決心しました。

大学に合格できず、1日14時間にも及ぶ勉強をしながら、4年かけて京都府立医科大学の医学部へ進学します。

木下茂教授との出会いにより眼科医を目指すことにした服部匡志さん。

卒業後は母校でレジデントを終え、当時まだ普及していなかった内視鏡を使った治療を手掛けます。大阪の多根記念眼科病院、京都の愛生会山科病院、熊本の出田眼科病院、福岡の聖マリア病院眼科、静岡の海谷眼科で勤務し、この内視鏡による網膜硝子体手術で高い治療技術を持つ服部さんの名前が世界で知られるようになります。

2002年にベトナムへ渡り、これまでの間、その高度な眼科医療技術で、多くの人々の治療にあたっています。

長きにわたり無償で行う献身的な医療活動に対し、日本政府外務大臣表彰や、日本眼科医会長賞、国際ソロプチミスト日本財団から社会貢献賞を受賞するなど、多くの感謝状、表彰状が贈られており、2014年には、ベトナム政府から外国人の最高位である友好勲章を受けています。

著書を3冊出版しています。

  • はっちゃんベトナムに行く―自分さがしの旅
  • 人間は、人を助けるようにできている
  • 老ける老けないは目で決まる!

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出典:あさ出版

出版社 あさ出版
価格 1,400円(税別)
出版日 2015年7月2日

本の売り上げの一部がNPOアジア失明予防の会の活動に充てられるということです。

服部匡志のベトナムでの無償医療とは?

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出典:アジア失明予防の会

37歳の時に、臨床眼科学会へ出席していた服部さんに、同じく出席していたベトナム人医師が、ベトナムの眼科医不足や医療の現状を説明し、「ベトナムの人を救ってほしい。」と頼まれます。

ベトナムで医療活動をするには、日本の病院に勤務していては難しい状況であったため、悩みましたが、亡くなったお父さんからもらった「人の役に立ちなさい。」という言葉で決意した服部さん。

2002年にベトナムへ渡り、活動を開始します。ベトナムでの眼科医療を現地で確認すると、医療機材や環境が整っていないことや、医師不足に加えて、患者がいても定時になると帰ってしまったりと、医師など医療スタッフの意識レベルが低かったということです。

ある日、すぐにでも治療をしないと失明してしまう子供が来院。スタッフが治療費のことなどを話し、待っていてもらったところ、治療費を払うことができない親は、子供の治療を受けることができずに帰ってしまっていたそうです。

服部さんはすぐに追いかけたそうですが姿はもう見えず、あのままでは失明してしまう子供を帰してしまったことを反省した服部さん。

人の役に立ちたいと思って来たベトナムで、本当に人の役に立つには、診てあげるのではなく、診させてもらうと、自らの意識を改めたそうです。

その後は、貧しい人たちがお金のことで治療をあきらめなくてもいいように、治療費は服部さんが払い、病院からも報酬をもらわず、無償で治療にあたっているということです。

また、ベトナムの眼科医の育成にも力を入れており、自分持っている技術をすべて伝え、それを学んだ医師たちが多くの患者を救ってほしいと、日々取り組んでいます。

服部さんの家族については次のページで