これまでに世界2,000カ所ものコーヒー農園を訪ね、時には新しい産地開拓のために
密林を分け入る、コーヒーハンターとして知られるのが、川島良彰さんです。
1月21日(木)に放送する『櫻井有吉アブナイ夜会』に、石原良純さんとして出演しますので、川島さんの経歴などについて調べてみました。
それではチェックしていきましょう!

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プロフィール

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出典:Mi Cafeto

川島 良彰(かわしま よしあき)
昭和31年9月7日生まれ
静岡県静岡市出身
静岡聖光学院高等学校卒業
株式会社ミカフェート代表取締役社長
日本サステイナブルコーヒー協会 理事長
東京大学コーヒーサロン 共同座長
JAL日本航空コーヒーディレクター
JICA独立行政法人国際協力機構 技術専門委員
カリフォルニア大学デイビス校 コーヒーセンター・アドバイザリー・ボードメンバー
タイ王室メーファールアン財団 コーヒーアドバイザー

1953年に川島さんのお父さんが創業した、コーヒーの焙煎卸業を生業とする、
コーヒー乃川島に生まれ、世界中から届いたコーヒーに囲まれた環境で育ちます。

幼いころからコーヒーの産地に興味があった川島さんは、高校を卒業後、コーヒー業界で世界三大研究所の一つである、エル・サルバドル国立コーヒー研究所で、栽培からはじまり、すべてを学びます。
この当時は内戦が激化しており、弾は当たらなかったものの、機関銃で撃たれた経験を持っているということですから、命がけでしたね。

1981年、疎開していたロサンゼルスでUCC上島珈琲の創業者との出会いがあり、同社に入社します。
その後、ブルーマウンテンコーヒーの開発をするためにジャマイカへ渡り農園を立ち上げます。

1989年、コナコーヒーの開発をするためにハワイへ渡り、農園を立ち上げます。ハワイは野豚が多く、夜に農園に現れては、多くのコーヒーの樹が被害にあったそうで、樹を守るため、いろいろと試行錯誤を重ねたということです。
野豚って初めて聞きましたが、いるんですね~。

1995年、マンデリンコーヒーの開発をするため、インドネシアのスマトラ島へ渡ります。現地ではベースキャンプでの生活の中、農園を立ち上げたそうです。

1999年、インド洋に浮かぶマダガスカル島で、マスカロコフィアというコーヒーを探し、なかなか見つからずにジャングルを深く分け入ってようやく発見したところ、同行した現地の人が、川島さんを『コーヒーハンター』と呼ぶようになったということです。
この島では、低カフェインコーヒーの開発もしています。
その後、同じくインド洋に浮かぶフランスの海外県であるレユニオン島へ渡ります。
この島は、コーヒーの原種の一つであるブルボン種の原産地であったことから、
川島さんは夢にまで見た渡航であったということです。
しかし、現地でのコーヒー産業は消滅しており、フランス政府関係者に対し、失われたコーヒー、ブルボンポワントゥが貴重な品種であり、現在、世界で飲まれているアラビカ種の5割以上はこの島の品種がルーツであると説いたところ、「一緒に探しに行こう」となったそうです。
これはもうお宝探しですね。なんだかすごいことになっていますが楽しそうです。
そして、努力の甲斐あり、28本のブルボンポワントゥの樹を発見し、ボランティアの人々コーヒー農園の再開発を開始し、2007年に収穫した最初の豆を日本に輸出します。

2003年に日本に帰国し、UCC上島珈琲本社勤務となり、後に執行役員に就任しています。

2007年、UCC上島珈琲を退社します。

2008年、株式会社Mi Cafeto(ミカフェート)を設立します。

コーヒーで世界を変えられると信じているという川島さんは、
その名も『私はコーヒーで世界を変えることにした。』というタイトルの本を出版しています。
幼少期から始まり、コーヒーを求めて世界を飛び回っていた様子が赤裸々に語られているようです。経歴を見ているだけでもかなりの冒険ですから、現地でのいろいろなエピソードを知ることができそうで、面白そうですね。
この他にも数冊の著書があります。

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出典:Mi Cafeto

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