中日ドラゴンズの投手として32年間の現役生活を送り、2015年10月7日の広島戦を最後に50歳でユニフォームを脱いだ、大投手の山本昌さん

4月8日(金)に放送する『アナザースカイ』に出演するということで、山本さんの現役時代の成績や経歴、トレーニング方法や大きな出会いとなった故アイク生原さんのこと、そして、伝家の宝刀であるスクリューボールの握りなどについて調べてみました。

それではチェックしていきましょう!

目次(今回あなたにお伝えすること)

  1. 山本昌の経歴(プロフィール):P1
  2. 山本昌の現役時代の成績・記録は?:P1
  3. 山本昌やイチローも行っているトレーニング方法とは?:P2
  4. 山本昌とアイク生原との出会い:P2
  5. 山本昌のスクリューボールの握りは?:P3
  6. 番組概要:P3
  7. おわりに(まとめ):P3
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山本昌の経歴(プロフィール)

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出典:Facebook

 

山本 昌(やまもと まさ)
本名 山本 昌広(やまもと まさひろ)

生年月日 昭和40年8月11日
血液型 AB型
身長 186㎝
体重 101kg
出身 神奈川県茅ケ崎(東京都大田区生まれ)
学歴 日本大学藤沢高等学校卒業
趣味 ラジコン、クワガタ

小学3年生から野球をはじめ、ポジションはピッチャーだったそうです。中学では補欠投手で目立って上手な選手ではなかったということですが、中学3年の時にエースの故障で、初めて背番号1を背負いました。

甲子園への出場経験もなく、知名度は無かったものの、神奈川県選抜に選ばれています。そんな高校球児だった山本さんは、教員になるつもりだったということですが、1983年、ドラフト5位で中日ドラゴンズから指名を受けて入団します。

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出典:東海テレビ

変則的な投球フォームで、球速もなく入団後2年間での1軍登板が1回もなかったということです。若い頃は苦労していたんですね。

3年目から1軍での登板が巡ってきますが、成績は思うように伸びず、4年目も同様に不振にあえいでいたようです。4年間で0勝という不名誉な成績でした。

転機が訪れたのは4年目のオフシーズンで、当時、業務提携のあったロサンゼルスドジャースと中日ドラゴンズがフロリダで合同キャンプを行い、その終了後、1人アメリカに残り、ドジャースのマイナーリーグ(1A)に交換留学生として入り、練習をさせてもらう形になりました。

ここで、野球の神様と山本さんが言う、生涯の恩人、アイク生原さんと出会うことになります。

アイクさんと共に練習を重ね、メジャーからも声が掛かるまでに成長を遂げた山本さんは、大投手への道を一歩ずつ進むことになります。

 

山本昌の現役時代の成績・記録は?

日本球界を代表する大投手であり、球界の至宝レジェンドという代名詞がふさわしい山本さん。

32年間の現役生活では数々の記録を打ち立てています。

生涯成績

  • 581試合、219勝、165敗、5セーブ、防御率3.45
  • 最年長完封 45歳0か月
  • 最年長勝利 49歳0か月
  • 最年長ノーヒットノーラン 41歳1カ月

 

  • 1988年8月30日、初勝利(対広島18回戦(ナゴヤ)=中継)
  • 1988年9月16日、初完投(対ヤクルト20回戦(神宮)=初先発・無点勝)
  • 1997年7月21日、通算100勝(対阪神20回戦(甲子園)史上114人目)
  • 2000年9月5日、通算2000回登板(対横浜21回戦(ナゴヤドーム)史上79人目)
  • 2006年9月9日、通算2000奪三振(対広島16回戦(広島)3回、打者・新井貴浩選手 史上18人目)
  • 2006年9月16日、無安打無得点(対阪神18回戦(ナゴヤドーム)史上73人目)
  • 2007年5月27日、500試合登板(対日本ハム1回戦(ナゴヤドーム)=先発)
  • 2008年5月14日、通算3000回登板(対ヤクルト8回戦(神宮)史上26人目)
  • 2008年8月4日、通算200勝(対巨人16回戦(ナゴヤドーム)史上24人目)

誰もが認める凄い記録ですね。

あの偉大な野球選手、イチローさんが50歳まで現役でプレーするにはどこに気を付けたらいいのかを電話で相談したと言いますから、 本当に偉大な投手です。

山本さんは、「足の怪我にだけは気をつけて、全力疾走できる筋力を維持できれば50歳までプレーできる。」とアドバイスしています。

現役時代のトレーニング方法やアイクさんとの出会いは次のページで