『行』が続けられない場合は、携帯している短刀か死出紐で自ら命を絶ち行を終えよ。

千日回峰行に入る際の、この掟を受け入れる覚悟もさることながら、行の内容が凄まじすぎて言葉になりません。

金峯山寺1300年の歴史の中で、過酷極まる千日回峰行を満行した2人目の大阿闍梨である塩沼亮潤さん。

2月11日(木)に放送する『クレイジージャーニー』に出演しますので、塩沼さんの経歴や千日回峰行などについて調べてみました。

それではチェックしていきましょう!

目次(今回あなたにお伝えすること)

  1. 塩沼亮潤の経歴(プロフィール):P1
  2. 塩沼亮潤が千日回峰行へ挑もうと思ったきっかけは?:P1
  3. 塩沼亮潤はなぜ比叡山ではなく吉野山を選んだのか?:P1
  4. 塩沼亮潤が満行した千日回峰行とはどんな行?:P2
  5. 塩沼亮潤が感じた命の危険、生死をさまよった体験:P2
  6. 千日回峰行満行者が挑む四無行(堂入り)とは?:P3
  7. 塩沼亮潤がTED×Tohokuに出演:P3
  8. 番組概要:P3
  9. おわりに(まとめ):P3
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塩沼亮潤の経歴(プロフィール)

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出典:塩沼亮潤大阿闍梨オフィシャルサイト

塩沼 亮潤(しおぬま りょうじゅん)
生年月日 昭和43年生3月15日
出身 宮城県仙台市
学歴 東北高等学校卒業
大峯千日回峰行大行満大阿闍梨
慈眼寺住職

  • 1987年、奈良県吉野の修験本宗総本山金峯山寺で得度を受け出家しました。
    4年間を小僧として過ごし、師匠の許可が下りて初めて千日回峰行へ入ることができます。
  • 1991年、大峯百日回峰行を満行しました。
  • 1999年9月2日、金峯山寺1300年の歴史で2人目となる、大峯千日回峰行を満行しました。
  • 2000年10月5日、四無行を満行しました。
  • 2003年、四無行を満行した後に、故郷である仙台市に慈眼寺を開山し、住職を務めています。
  • 2006年、八千枚大護摩行を満行しています。

毎月第一、第三日曜日の午後1時から、塩沼亮潤大阿闍梨による護摩祈祷が行われ、その後法話があり、誰でも参加可能だということです。また、第二日曜日には特別法話が開かれる月があります。

スケジュールは変更になる場合や、メディアの取材が入る場合もあるようですので、オフィシャルサイトでチェックしてみてください。

僕も直接塩沼大阿闍梨の法話を拝聴したいと思っています。

福聚山 慈眼寺(じげんじ)
住所 宮城県仙台市太白区秋保町字滝原89-2
電話 022-399-5333
jigenji
出典:慈眼寺オフィシャルサイト

塩沼さんは、厳しい千日回峰行や日々の修行を通して体得したことや思いなどを、各地での講演や著書で多くの人々に伝えています。

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塩沼亮潤が千日回峰行へ挑もうと思ったきっかけは?

小学校5年生の時に見たテレビ番組で、天台宗比叡山延暦寺の大阿闍梨である酒井雄哉さん(千日回峰行を2度も満行している、天台宗北嶺大行満大阿闍梨。2013年9月、87歳で逝去)を見たときに直感的に「この行をやりたい」と思ったということです。

小学校5年生で、白装束をまとって山を駆けている映像を見てやりたいと思うというのはあまりいないと思いますが、お母さんとおばあちゃんの教えが、塩沼さんの心の中で『人のためになることを』という思いが育っていったということです。

この強い思いは高校生になっても色褪せることなく、卒業後の出家、千日回峰行へと繋がっていきました。

 

塩沼亮潤はなぜ比叡山ではなく吉野山を選んだのか?

千日回峰行を酒井さんを通して知ったときには、比叡山に修行に入ろうと決めていた塩沼さんですが、奈良の吉野山に1300年に1人しか成し遂げていない回峰行があることを知り合いから聞き、調べてみたところ、行程内の標高差や歩く距離が比叡山より厳しいものでした。

より厳しい条件の行があることを一度聞いてしまったからには、それに挑んでみたいという思いがあったことと、修験道の山であったことから決めたんだそうです。

大偉業を成し遂げる人の心の持ちようというものは前向きで力強いものですね。

僕自身、千日回峰行は比叡山での行だと思っており、吉野山にも千日回峰行があるということを、塩沼さんの存在により初めて知ることになりました。

 

【追記】慈眼寺に伺う前に塩沼さんが修行した吉野山金剛峯寺に参拝してきました。(2016.7)

ケーブルで登ってすぐにある金峯山寺黒門です。吉野山の総門で、ここを通過するときは、槍を伏せ、公家や大名であっても籠を降りたということです。

由緒正しい門なんですが、写真で見てとれるように、千社札シールなどが多く貼られていました。

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蔵王堂の正面から撮影した写真です。立派な建築物です。

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歴史を感じる質感と、建築の美しさと迫力、荘厳な空気感が漂っていました。

塩沼さんは、毎日ここから千日回峰行に出発していたんですね。熱心に読経している参拝者がいました。中は撮影禁止です。

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この日はちょうど、一般の方が修行体験から戻る日だったようで、戻ってきた修行体験者と迎える僧侶が吹く法螺貝の音が境内に響き渡っていました。

女性も数人参加されていました。大峯山では現在も女人結界門がありますが、一部分は女性の参加も可能です。

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金峯山寺の平成28年度大峯修行体験計画を見ても、奥駆修行などは7月には予定が組まれていませんでしたので、今回目にした修行がどういったものなのかはわかりませんでした。

 

2ページ目から千日回峰行の過酷さを書いていますが、自らが現地を訪ねてみることで、その凄さを実感しました。

といっても、時間の都合もあり、金峰神社のかなり手前までしか歩くことができませんでしたが、運動不足の僕にとっては坂道がきつく、息が切れる道のりでした。

千日回峰行の行程では、金峰神社を過ぎたあたりから険しい山道となるようですが、蔵王堂から金峰神社までの道のりも、山腹ですから相当なものです。

山道に入るまではきちんと舗装されておりで、両脇には寺や土産物屋や食堂が並んでいます。

桜の季節はとてもキレイですよと、黒門近くのカフェの店員さんが言っていました。

吉野山の桜を見てみたいですね。

11月には金峯山寺で本尊の一般公開があります。

肉体と精神が過酷を極める千日回峰行、そこで経験した生死をさまよったエピソードは次のページで